角野未来(すみのみらい)の中学、高校は?
角野未来さんは浦和明の星女子中学校(さいたま市緑区)をご卒業されました。
埼玉県内で最も高い偏差値(63-65)で、全国では50位以内に入る難易度の高い中高一貫学校。
卒業生の中には、小島奈津子さんや栗原由佳さんなど、アナウンサーが多い印象です。
浦和明の星女子中学校・高等学校のモットーは、次のように掲げられています。
Be your best and truest self.
「最善のあなたでありなさい。そして最も真実なあなたでありなさい。」引用:https://www.urawa-akenohoshi.ed.jp/
とても心に響く言葉ですよね。
常にベストを尽くす!、未来さんのピアニストとしてのあり方にも通づるものがあります。
では、なぜ角野未来さんは、中高一貫校を受験することに決めたのでしょうか。
そこにはお兄さんの影響とご家族の支えがあったようです。
中高一貫校への受験を決めたのは兄の影響!?
角野未来さんが中高一貫校の受験を決めたのが小学5年生。
そもそも、中学受験にシフトするには遅すぎる時期ですよね。
どんな気持ちの変化があったのでしょう?
未来さんはピアノを始めた3歳から、わずか2年後の5歳と6歳で、ニューヨークのカーネギーホールにて演奏しています。
お母様やお兄さんの影響があったとはいえ、この頃すでにピアニストの才能が開花していました。
ところが、当時を振り返ってお母様は、次のように語っています。
小学生の時、彼女はコンクール上位に入賞する安定した技術を持っていましたが、『自分は本当に音楽に向いているのかな?』と思いつめて涙を流していたこともあります。
引用:https://note.com/satokookamoto/
当時、ピアノを弾くことが楽しい!賞がもらえて嬉しい!と感じてピアノを続けていた未来さん。
ところが、小学6年生ごろから難しくなってきたことをきっかけに、心境の変化が訪れます。
難しくなって弾けなくなり、思ったように結果が出なくなると、ピアノが楽しくてやってるのか、結果が出るから楽しいのかわからなくなったんだよね。
引用:https://news.j-wave.co.jp/
12歳ながらも「楽しさの意義」を内省する様子がうかがえますよね。
やはり「楽しい」の先にしか続けられないものであることを感じさせるコメントです。
一度ピアノから離れてみたい、そう考えた未来さんが中高一貫校受験を決めたきっかけがお兄さんでした。
当時のことを、兄と妹対談で次のように語っています。
お兄ちゃんが中学受験して、学生生活が楽しそうだったから、私も勉強してみようかなと思った。それで、小学校6年生の4月に塾に入ったんだよね。
引用:https://news.j-wave.co.jp/
やはり、身近な存在であるお兄さんの影響は大きい!と思いきや
隼斗:じゃあ、兄の影響が色濃く?
未来:色濃くはない。3割くらい(笑)。
隼斗:3割か(笑)。そうでしたか。
引用:https://news.j-wave.co.jp/
3割って聞いた時のお兄さんの様子が、クスッと笑えまえよね。
ご家族含め、ごきょうだいの仲の良さも感じられる会話です。
とはいえ、中学受験のための入塾時期が小学6年からって遅いですよ。
普通に考えて、よく入塾できたなーと思ったんですが、
このことについて、お母様が当時の様子を語っています。
中学受験に向けた未来さんへのエールが家族愛
中学受験の準備は、一般的に小学3年生といわれています。
ところが、未来さんが受験を決めたのが小学5年生の3月。
入塾先がなかった当時の状況を、お母様は次のように振り返っています。
隼斗のおふるの塾のテキストを全部消しゴムで消して再利用しながら、ようやく入れる塾を見つけました。
引用:https://note.com/satokookamoto/
なるほど!ご長男である隼斗さんのおふるのテキストって、考えましたね。
私は、未来さんが「受験をしたい」との目標に向かって、家族が全力で取り組む姿に心を打たれました。
結果的に、偏差値を20も上げて中学校に入学。
ホント素晴らしいですね。
子どもの考えを尊重する、この角野家の教育方針ともいえる芯のある家庭環境が、未来さんのいまをかたち作っていることに気づきがありました。
中学校生活は、通学時間がかかることもあり、ピアノと離れた生活をしていた未来さん。
しかし、高校は内部進学ではなく、受験を志します。
そこには、どんな心境の変化があったのでしょうか。
中学校生活はピアノと離れたかった?!
ピアノに対する心境の変化もあり、未来さんの中学生時代はピアノから離れた生活でした。
中学受験したのに高校も受験?!未来さんの強い意志

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